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東京地方裁判所 昭和46年(刑わ)1494号 判決

主文

被告人らはいずれも無罪。

理由

第一検察官の主張

一公訴事実

被告人舘は、環状桁基礎工法の特許権者で、昭和四四年一月一日までは右工法の専用実施権を有する東京エコン建鉄株式会社土木部長として右以降は同会社からの依頼を受けて、右工法の技術指導にあたつていたものであつて、株式会社間組(以下、間組という)が建設省関東地方建設局から受注し、昭和四四年二月上旬より東京都墨田区八広六丁目地先荒川放水路の河中で右工法により施工した新四ツ木橋(右岸)下部工事の第七号橋脚仮締切構造物の設計及び技術指導の業務に従事していたもの、被告人高田は間組国道荒川出張所所長、被告人建部は、同出張所土木係として、いずれも右構造物の設計及び右工事の施工監督の業務に従事していたもの、被告人青島は、建設省関東地方建設局首都国道工事事務所新四ツ木出張所(以下、建設省新四ツ木出張所という)所長であるとともに、右工事の主任監督員として、間組国道荒川出張所が作成する前記第七号橋脚仮締切構造物に関する構造図、施工計書書等の承認、並びに契約関係図書に基づく工程の管理、立会い、工事の実施状況の検査等の現場監督業務に従事していたものであるが、リング・ビーム工法においては、環状に打ち込まれた鋼矢板の内面に数段の環状桁(以下、リング・ビームという)を真円かつ水平に取り付けることの施工上の至難性、及び水圧、土圧により、右環状の鋼矢板で構成されている仮締切構造物内の水替え及び掘削を進めるに従つて、右鋼矢板の下方が内側に傾斜する性質があり、ことに河床が軟弱地盤である河中において右工法による仮締切構造物を構築するときには、右傾向が一層助長され、ひいては、鋼矢板の内面に取り付けられているリング・ビームが作用軸力の増大のために座屈し、遂には仮締切構造物の倒壊を招くおそれもあつたところ、前記第七号橋脚仮締切構造物を構築すべき当該河床の地盤が極度に軟弱であることを被告人等はいずれも事前に知つていたのであるから、右仮締切工事にあたり、

(一)  被告人舘は右リング・ビームの組立時における座屈安全率(以下、安全率という)を少なくとも1.50以上見込んで仮締切構造物の設計を行なうとともに、工事が同設計どおり実施されるように、間組の工事監督者等に対し適切な技術上の指導を行ない、仮締切構造物の倒壊及びこれにともなう人命の損傷などの災害事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、安全率に対する無理解から、安全率を1.00前後で設計施工すればなんら危険はないものと軽信して、これを怠り、昭和四三年一一月下旬ころ、みずから作成した第六段目リング・ビームの安全率(以下、第六段目安全率という)0.948を内容とする応力計算書(以下、第一回計算書という)を間組国道荒川出張所に提供し、被告人建部らにこれを了知せしめて、前記仮締切構造物のリング・ビームの安全率に関する基礎資料たらしめ、よつて同年一二月二〇日ころ、間組国道荒川出張所をして、右計算書を基礎にして作成された第六段目安全率0.96を内容とする応力計算書(以下、第二回計算書という)を建設省新四ツ木出張所宛に提出させて、被告人青島の承認を得させ、さらに同四四年三月二五日ころ、第五段及び第六段目リング・ビームの取付けに先立ち、被告人青島、同建部らと右リング・ビームの安全率につき協議を行なつた際、適切な技術指導をせず、安全率の適正な是正をさせなかつたために、被告人建部をして第六段目安全率1.03を内容とする応力計算書(以下、第三回計算書という)を建設省新四ツ木出張所宛に提出させて、被告人青島の承認を得させるに至り、遂に安全率不足のまま右工事を進行させた業務上の過失により、

(二)  被告人高田、同建部は、リング・ビームの安全率を少なくとも1.50以上見込んで仮締切構造物の設計を行なうとともに、工事が施工計画どおり実施されるよう間組の現場作業員に対し適切な指示を行ない、その作業を監督して前同様の事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、

(1) 被告人建部は、いずれも安全率が不足して危険であることに気が付かずに、昭和四三年一二月二〇日ころ第二回計算書を、同四四年三月二五日ころ第三回計算書を建設省新四ツ木出張所に提出して被告人青島の承認を得たうえ、右計算書に準じた基準によつて安全率不足のまま前記工事を進行せしめたばかりか、現場作業員に対して適切な指示を行なわず、作業員をしてリング・ビーム各段に施工計画以上の過大なプレストレスを導入させ、かつ仮締切構造物内の土を施工計画以上に掘り過ぎさせて、リング・ビームに対する作用軸力を増大させた業務上の過失により、

(2) 被告人高田は、右同様安全率が不足して危険であることに気が付かずに、昭和四三年一二月二〇日ころ、被告人建部をして第二回計算書を建設省新四ツ木出張所宛提出させて被告人青島の承認を得たうえ、右計画書に準じた基準によつて安全率不足のまま前記工事を進行せしめたばかりか、現場作業員に対して適切な指示及び監督を行なわず、前記過大なプレストレス導入を知つていたのにこれを施工計画どおりに是正させる措置を講ぜず、かつ、前記掘り過ぎに気が付かずにこれを看過したまま右工事を遂行させていた業務上の過失により、

(三)  被告人青島は、間組国道荒川出張所が作成した工事施工計画におけるリング・ビームの安全率が少なくとも1.50以上に見込まれて設計されていることを確認して施工承認を与えるとともに、工事が施工計画どおりに実施されているかどうかを監督して前同様事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、昭和四三年一二月二〇日ころ間組国道荒川出張所から提出された第二回計算書、同四四年三月二五日ころ同様提出された第三回計算書につき、不注意にも、右計算書に準じた基準によつて工事が行なわれても危険がないものと軽信して、安全率を少なくとも1.50以上になるように設計変更を指示するなどの措置をとることなく、そのままこれらを承認し、よつて間組工事従事者をして右計算書に準じた基準によつて安全率不足のまま前記工事を進行させるに至らしめたばかりか、建設省新四ツ木出張所所属の一般監督員及び間組の工事監督者に対して適切な指示及び監督を行なわなかつたため、間組現場作業員が前記過大なプレストレス導入及び掘り過ぎをしていることを看過したまま工事を継続させた業務上の過失により、

前記第七号橋脚仮締切構造物に第六段目リング・ビームを取り付け終つた後の昭和四四年四月一日午後四時四〇分ころ、右仮締切構造物に対する水圧及び土圧の増加、並びに過大なプレストレス導入及び掘り過ぎによつて惹起された作用軸力の増大のために、リング・ビームの座屈、破壊、これに基づく右仮締切構造物の倒壊を生ぜしめて河水を同構造物内に流入させ、よつて折から右仮締切構造物内部で作業中の外崎久仁太郎(当時四一年)、外崎石太郎(当時五三年)、渡辺修一(当時三五年)、渡辺定雄(当時四四年)、中島兵衛(当時四四年)、小笠原勉(当時二〇年)、木田勝正(当時二〇年)を溺死により、同三浦兼松こと自称三浦章(当時推定五五年)を頸椎骨折・胸腹腔内臓器損傷により、それぞれ死亡させるに至らしめたものである。

二検察官の釈明

(1)  右公訴事実のうち冒頭記載の「前記第七号橋脚仮締切構造物に関する構造図、施工計画書」の中には応力計算書を含む。

(2)  右公訴事実のうち(一)記載の「座屈安全率」とは、面内座屈に対する安全率をいい、面内座屈耐力を作用軸力で除することによつて得られる。

(3)  被告人舘に対しては設計上の過失のみを問うており、右公訴事実のうち(一)記載の「適切な技術指導をせず」とは、間組設計担当者に対し、1.50以上の安全率を見込んで設計するよう技術指導をしなかつたことをいう。

(4)  右公訴事実のうち末尾記載の「過大なプレストレス導入」とは、第一段目リング・ビームから第六段目リング・ビームまで応力計算書で指定している値を超えてジヤツキングをし(第六段目リング・ビームではくさび一個あたり一二トンと指定されているのに一三ないし一五トン程度ジヤツキングした)、応力計算書で指定している値を超える軸力をリング・ビームに導入したことをいう。

(5)  同末尾記載の「掘り過ぎ」とは、第六段目リング・ビームを第三回応力計算書で指定された位置より二〇ないし三〇センチメートル下に設置し、かつ第七段目リング・ビームを組立てるための掘削深(ピツチ)は第六段目リング・ビームのフランジ中央から一八〇センチメートルと指定されていたのに、右第七段目リング・ビームを組立てるための掘削に当り、第六段目リング・ビームのフランジ下端を起点として一八〇センチメートルのピツチをとり、しかも右ピツチよりさらに深めに掘削をしたため、右二〇ないし三〇センチメートルに加え、さらに六段目リング・ビームのフランジ巾の二分の一である17.5センチメートルもしくはそれ以上が過掘りとなつたことをいう。

(6)  同宋尾記載の「座屈」とは、面内座屈をいう。ただし、本件仮締切構造物倒壊の原因がリング・ビームの面外座屈にあつたとしても、面内座屈に対する安全率を1.50以上見込んだ設計をしていれば右面外座屈にも抗し得たものである。

第二当裁判所の認定した事実

一被告人らの経歴など

1  被告人舘三二

被告人舘三二は、昭和三年三月札幌鉄道局教習所土木科を卒業後国鉄に勤務して主に埠頭の建設、港湾桟橋の建設など港湾土木に従事したが、その後渡満し、満州製鉄株式会社に勤務した。

昭和二一年九月内地に引揚げ、その後は測量事務所を経営したり、北海道ビーエスコンクリート株式会社などに勤務したりしたが、その間に環状桁基礎工法(以下、プレストレスト・リング・ビーム工法という)を発明し、昭和四〇年二月五日特許原簿に登録された。

同年三月二五日極東鋼弦コンクリート振興株式会社(以下、極東鋼弦という)のため同工法の専用実施権を設定するとともに同会社に参与として入社し、同工法の指導に当つていたが、昭和四一年九月同社を退社した。

昭和四二年一〇月二〇日ころ八光産業株式会社(以下、八光産業という)の子会社である東京エコン建鉄株式会社(以下、東京エコンという)に土木部長として入社したが、同年一二月二七日に至り極東鋼弦が専用実施権を放棄したことから東京エコンにこれを設定し、東京エコンの営業部員も兼務していた八光産業営業部員浦野哲也、前田有宏を補助者として、リング・ビームの賃貸を行なうこととなつた東京エコンのためにその注文を取つたり、技術面の知識に乏しい浦野に対する指導をしたり、賃貸先のためにリング・ビーム工法による仮締切構造物(以下、仮締切という)の設計をしたり、賃貸先に対する右工法による設計や施工に関する技術指導に当つたりしていた。

昭和四三年五月一日右特許権は被告人舘が設立した株式会社日本発明コンサルタントに譲渡されたが、同時に被告人舘がこれに質権を設定し、実質的にはそれまでと同様被告人舘が特許権者としての権利を行使していた。

同年一〇月ころ被告人高田から東京エコンに対し同工法に関する説明要請の電話連絡があり、被告人舘が被告人高田を訪ねて行つたところ、同被告人から新四ツ木橋右岸下部工事に関し、「仮締切をリング・ビーム工法でやりたいから計画してくれないか。」と頼まれたことから、株式会社間組(以下、間組という)の行なう新四ツ木橋第七号橋脚仮締切工事に関与するようになつた。

なお、昭和四四年一月一日被告人舘は東京エコンを退職したが、その際、前記浦野のプレストレスト・リング・ビーム工法に関する知識が賃貸先に対する技術指導を十分なしうるだけのものでなかつたことから、東京エコン側の要望により、右退職後も東京エコンから要請があれば、右退職前と同様に東京エコン土木部長として、賃貸先等に対し、同工法による仮締切の設計及び施工に関する技術指導をすることとなり、これに対する日当を東京エコンが支払うこととなつた。

2  被告人高田勝次郎

被告人高田勝次郎は、昭和一一年攻玉社高等工学校を卒業し、株式会社間組に入社し、以来各種工事現場の監督、主任、出張所長などを経て昭和四三年一一月一五日付で新四ツ木橋(右岸)下部工事の設計、施工監督を担当する国道荒川出張所長となり同時に間組の現場代理人に指定された。

3  被告人建部清一

被告人建部清一は、昭和三四年三月東京都立小石川工業髙等学校卒業と同時に株式会社間組に入社し、本社業務部に勤務するかたわら、中央大学工学部土木学科に入学し、昭和三九年三月同科を卒業した。

その後、現場作業の監督をしていたが、昭和四三年一〇月ころから国道荒川出張所勤務を命ぜられ、新四ツ木橋(右岸)下部工事の設計、現場監督等の業務に従事していた。

4  被告人青島實

被告人青島實は、昭和三二年三月信州大学工学部土木工学科を卒業し、同年四月建設省関東地方建設局(以下、関東地建という)長野工事事務所技術補助に採用され、その後甲府工事事務所工務課道路係長、宇都宮国道工事事務所建設監督官などを経て、昭和四二年七月一六日首都国道工事事務所新四ツ木出張所(以下、薪四ツ木出張所という)所長に任命され、また本件請負工事契約締結と同時に主任監督員に任命された。

二新四ツ木橋架橋工事請負契約の概要

新四ツ木橋架橋工事は、昭和四二年度を初年度とする新道路五か年計画に基づく一般国道六号線の改良工事の一環として、関東地建によつて起業されたもので、総工費として四〇億円、工期として昭和四三年一〇月から同四七年三月までの四か年を予定し、同国道の荒川放水路にかかる四ツ木橋の下流に、荒川部と綾瀬川部を一体とした、取付高架部を含み延長1038.9メートル、車道幅員一三メートルの新橋を架設しようとするものであつた。

関東地建は、昭和四三年七月ころ右工事の実施設計を完成させたが、右工事規模が大きいため、上部(路面及び橋桁部分)工事と下部(橋台及び橋脚部分)工事とに分け、さらに下部工事については、荒川放水路の右岸(第四号橋脚から第七号橋脚まで)と左岸(第八号橋脚から第一一号橋脚まで)とに分けて発注することに決め、同年八月ころ、各下部工事の予定価格の積算が行なわれた。そして、同年九月三〇日間組ほか九社を指名して下部工事について競争入札を行なわせることを決定し、同日右指名業者に対して、指名競争入札執行通知書が交付された。その後、一〇月一一日に関東地建において、指名業者一〇社により入札が行なわれた結果、間組が二億四、四〇〇万円で落札し、同日関東地方建設局長と間組との間で、落札価格による請負契約が締結された。

右請負契約の内容中、本件公訴事実に関係ある部分は次のとおりである。

請負契約書(昭和四八年押第一四六八号の一)

(監督職員)

第八条 甲(関東地建局長)は、乙(間組)の工事の施工について監督を行なう監督職員の官職等及び氏名を、乙に通知するものとする。

2 監督職員は、他の条項に定めるもののほか、契約書、図面及び仕様書に定められた事項の範囲内において、次の各号に掲げる職務を行なうものとする。

(一) 契約の履行についての乙又は乙の現場代理人に対する指示、承諾又は協議

(二) 図面、仕様書その他の契約関係図書以下この項において「契約図書」という。)に基づく工事の施行のための詳細図等の作成及び交付又は乙が作成したこれらの図書の承諾

(三) 契約図書に基づく工程の管理、立会い、工事の施工状況の検査及び工事材料の試験若しくは検査

第一九条 乙は、災害防止等のため特に必要と認めるときは、臨機の措置をとらなければならない。この場合においては、乙は、あらかじめ、監督職員の意見を求めなければならない。ただし、緊急やむを得ないときはこの限りでない。

2 前項の場合においては、乙は、そのとつた措置について、遅滞なく、監督職員に通知しなければならない。

3 監督職員は、災害防止その他工事の施工上緊急やむを得ないときは、乙に対して臨機の措置をとることを求めることができる。この場合においては、乙は、直ちに、これに応じなければならない。

4 第1項及び前項の措置に要した経費のうち、甲乙協議して請負代金額に含めることを不適当と認めた部分については、甲がこれを負担するものとする。

関東地建土木工事共通仕様書(前同押号の九〇)

第一〇四条 施工計画

1 請負者は、あらかじめ工事実施に必要な施工計画書(現場組織表、主要材料および主要機械の搬入予定、使用計画、仮設備等)を提出しなければならない。

2 現行の施工計画書に変更が生じ、その内容が重要な場合には、そのつど変更計画書を提出しなければならない。

3 工事用仮設備は、とくに設計図書および特記仕様書に指定されたものを除き請負者の責任において選択するものとする。この場合とくに監督者が必要と認めて指示する仮設物等については、応力計算を行なつて設計図等を提出しなければならない。

特記仕様書(前同押号の二三)

第二一条 仮桟橋はスパン一〇米以上、設置高さはHTLプラス一、〇米以上とし、その構造及び施工計画書を甲(監督員)に提出し、承諾を得なければならない。

第二二条 その他の仮設備についても構造図及び施工計画書を甲に提出し、承認を得なければならない。

三工事関係の組織

1  新四ツ木出張所

首都国道工事事務所は、関東地建管轄の工事事務所で千葉県松戸市に所在し、新四ツ木出張所は、右工事事務所営轄下にあり、新四ツ木橋建設の監督のための現場事務所として設けられたものである。

右出張所は、東京都葛飾区四ツ木一丁目一番地に事務所を置き、所長・主任監督員被告人青島、技術主任樋川篤以下建設技技官六名が所属し、間組関係の担当者として、建設技官松元政照、同根本正がその監督に従事していた。

2  間組国道荒川出張所

間組国道荒川出張所は、間組本店営業部直轄の下にあり、本件工事の請負契約締結後、同都墨田区墨田四丁目六二番地に設けられた。

右出張所には、所長・現場代理人被告人高田、所長代理小宮芳蔵、主任技術者佐藤昭二(ただし昭和四四年一月一〇日転出。同人転出後は小宮が主任技術者となつた。)、土木係小薮文夫、同被告人建部、同加納学、機械係西明宗六のほか、鳶職、土工、大工、熔接工等数十名が所属し、これらの者によつて、右工事が進められた。

なお、労働安全衛生法にのつとり定められた間組社内の安全規定によれば、事業所内での災害の防止、安全な労働環境の確立を目的とする安全委員会を各事業所ごとに設け、かつ安全に関する措置をする安全管理者が指定されることになつているが、右国道荒川出張所においては、安全委員会の委員長は被告人高田、委員には間組職員及び土工等の班長、世話役がなり、安全管理者には小薮文夫が指定されていた。

四プレストレスト・リング・ビーム工法

1  プレストレスト・リング・ビーム工法の概要

プレストレスト・リング・ビーム工法は、被告人舘によつて考案され、東京エコンが専用実施権を有する特許工法であつて、鋼矢板を使用する仮締切工法の一種である。

リング・ビーム工法による仮締切の構造は、鋼矢板を打込んで作つた円筒状の囲いの内面に、ほぼ真円の環状桁(リング・ビーム)を水平にはめ込んだ構造で、在来の工法のように囲いの内側空間を横切る切梁などの部材を使用しないため仮締切内の作業空間が広くとれるので、仮締切内での材料の移動、掘削、コンクリート打設等に機械力を自由に利用できるのが利点である。

リング・ビームはH型鋼(H型をした鋼材)を常温において所定の孤状に曲げ加工した部材(ピース)をボルトで継ぎ合わせて一基のリングを形成するものである。その際の継手は、H型鋼の端部に鋼板(以下、端板という)を熔接し、この端板と端板を合わせてボルトで継ぐ構造となつている。リング・ビームの直径は、打込まれた鋼矢板によつて形成される円の直径よりも若干(直径にして二〇〇ないし五〇〇ミリメートル)小さく作られ、リング・ビームと鋼矢板の隙間には堅木のくさびが二枚一組で挿入される。その挿入法は、リング・ビームと鋼矢板の山部との間にオイルジヤツキを入れ、圧力をかけてリング・ビームと鋼矢板との間隙を拡げ、次にリング・ビームと鋼矢板の谷部との間に、くさびをハンマーで打ち込み挿入し、その後ジヤツキを撤去するというものである。このくさびの挿入によつて、円筒状の鋼矢板は内部から押し拡げられる形になり、そのため各鋼矢板相互間に張力が働き、その反面リング・ビームは内側に押され軸力が与えられることになる。(このジヤツキないしくさびによつて導入される軸力をプレストレスという。)右プレストレスの導入により、外圧のほとんどをくさびを介してリング・ビームに受け持たせ、かつリング・ビームに加わる外圧を均等化する効果があるとともに、右のプレストレス導入は、鋼矢板間相互の遊間(セクシヨン)を少なくし、止水効果を増す利点がある。

リング・ビームの設置にあたつては、リング・ビームを所定の位置に水平に保持するための支えとして、リング・ビームを上下から挾む形で、ブラケツトを現場熔接によつて鋼矢板に取付けている。

2  プレストレスト・リング・ビーム工法施工の順序

河川(水中)において行なわれるプレストレスト・リング・ビーム工法施工の順序は次のとおりである。

① 河中に四本のH型鋼杭を方形に打ち込む。

② 右H型鋼杭の上にH型鋼梁を井型に組み立てる。

③ 右井型の上に鋼矢板を打ち込む位置を示すガイドリングを設置する。ガイドリングは、二段目以下に使用する予定のリング・ビームを一時流用した内側ガイドリングと溝型鋼を円形に加工した外側ガイドリングから成つている。

④ 外側ガイドリングと内側ガイドリングの間に各鋼矢板を垂直に、かつ順次円形に打ち込み、最後に閉合して(調整鋼矢板を用いることもある)円筒状の囲いを組み立て終る。

⑤ 最上段のリング・ビーム設置のため、排水ポンプにより円形に締切つた鋼矢板の内側の排水を行なう。

⑥ 最上段のリング・ビーム設置予定の位置(受けブラケツトの高さも見込む)まで排水したのち、鋼矢板に受けブラケツトを現場熔接で取付ける。

⑦ 受けブラケツトの上にリング・ビームを円形に組立て端板をボルトで継ぐ。

⑧ リング・ビームと鋼矢板の間にオイルジヤツキを入れて圧力(プレストレス)をかけ、くさびを挿入する。このくさび挿入は、リング・ビームの中心で直交する直線と円筒状に組み立てられた各鋼矢板の山部との交点四か所に同時に行ない、円周方向に移動し、鋼矢板の谷部のすべてにくさびを挿入して作業を完了する。

⑨ くさびの挿入完了後、押えブラケツトを熔接して取付ける。これで最上段リング・ビームの設置が完了する。

⑩ リング・ビームは最上段から最下段まで順次設置していく。二段目以降の作業手順は河床面に達するまでは右⑤ないし⑨と同様である。河床面に達した後は、次に設置するリング・ビームの受けブラケツトの下端に相当する位置まで機械力等により土の掘削をし、受けブラケツトの取付け及び⑦ないし⑨の作業を行なう。

⑪ こうして所定の段数のリング・ビームを設置し、仮締切が完成する。その後は、仮締切内で橋脚の基礎工事等を行なう。

3  外圧及びリング・ビームの荷重及び耐力の算定

(一) 河川に設置される仮締切には、仮締切の外側から働く力(以下、外力という)として、河床面から上では水圧のみが、河底面から下では水圧に土圧が加わつた力が、それぞれ作用する。水圧は、垂直、水平方向に等圧であるが、土圧は垂直方向の一部が水平方向に作用する。リング・ビーム工法による設計においては、この水平方向の土圧は、いわゆるランキンの土圧式によつて算定するのが通例とされ、本件の後記設計計算書においても採用されている。これを後記実施計算書(第二の五の図3)及び後記支点反力合成図(第二の四の3の(二))に即して計算すれば次のとおりとなる。〈編注・略〉

(二) プレストレスト・リング・ビーム工法による仮締切では、この外力は、締切鋼矢板からくさびを介して、その内側に設置されたリング・ビームに合成された外力として働き作用軸力となるのであるが、本件設計計算では、連続している一枚の鋼矢板を、各段リング・ビーム及び掘削底面(ただし仮締切完成後においては最終掘削底面より一メートル下位)を支点として、それぞれの支点で支えられた単純梁に分割して考え、支点反力計算法により各支点反力を計算し、その合力としての各段リング・ビームの受けもつ外力及び作用軸力を求めている。(実際には連続梁であるものを単純梁として計算するのは、一つには計算の簡便さと、今一つは単純梁として計算した方が最下段リング・ビーム((組立途中においては組立済み最下段リング・ビーム))の設計荷重が大きくなり、安全側の設計になるという理由に基く。)

ところで、前述のとおり、外力には水圧と土圧とがあり、本件設計計算では、水圧を水面(最高水位)から最終掘削面までの深さに比例するものとして、また河底面から下の土圧は河底面からの深さに比例するものとして考えている。(なお最終掘削底面から一メートル下位の仮想支持点までの外力は、仮想支持点における外力を〇として最終掘削底面からの深さに逆比例させている。)

そして、この外力の分布図(第二の五参照)により、各支点の反力を計算して作用軸力を算出するのであるが、このような方法により算出した最下段リング・ビーム(組立中においては組立済み最下段リング・ビーム)の作用軸力は、当時我が国土木業界で一般に採用されていた単純梁の支点反力計算法であるテルツアギー・ペツクの式、あるいは、チエボタリオフの式によつて算出したものよりもかなり大きな値となり、より安全な計算法といえる。

また本件設計計算では、リング・ビームに働く最大作用軸力は次段のリング・ビームの組立中に生ずるものとしている。すなわち、次段リング・ビーム組立てのためには、その受けブラケツトを先ず取付ける必要から、次段リング・ビームの設置位置より七〇センチメートル下まで地盤を掘削することとし、その掘削面を一方の支点として、設置済み最下段リング・ビームの最大作用軸力を計算しているのである。

そこで、右外力分布図に基く支点反力計算法による最大作用軸力算出の過程を後記実施計算書(第二の五の図3)に即して図示及び数式化すれば次のとおりとなる。〈編注・略。R6(第6段目リング・ビーム)の作用軸力=180.32tとされている。〉

(三) したがつて設計では、この最大作用軸力よりもリング・ビームの耐力が優越するように、リング・ビームの部材の強度や構造を決定することが必要であるところ、本件設計計算では、リング・ビームの安全性(その耐力が作用軸力に対し余裕を有するか否か)の検討を許容応力度及び面内座屈に関するエム・レビーの式の両面から行なつている。エム・レビーの式はリング・ビームが空中にあるような無拘束の状態で、外側から一様な大きさの外力がリングの中心方向に作用している場合の面内座屈耐力の計算式であり、次のように表わされる。〈編注・略。Pcr(面内座屈耐力)≒198tとされている。〉

しかし実際に施工されているリング・ビームでは周囲の土がリング・ビームの外側への変形に抵抗するので、リング・ビームの面内座屈耐力はこの式で求めた値よりかなり大きくなることが期待でき、その値は、新四ツ木橋事故調査技術委員会において検討された試算(リング・ビームの座屈耐力に関する計算と題するメモ前同押号の六四)によれば、次の式で推計され、約三六〇トンもしくはそれ以上となる。〈編注・略〉

ところで、当時の土木工業界では、エム・レビーの式は、一般に実用に供されておらず、円環の安全性は許容応力度のみによつて検討するのが通常であつた。許容応力度は本来部材が材質として有する強度の問題であるが、これを低く押えることにより円環の全体としての強度の向上を期するというのが当時の慣行であつたわけである。

そして、建築基準法施行令九〇条には、鋼材の短期許容応力度を一平方センチメートル当り二四〇〇キログラムと定めてあるが、本件設計ではさらにその安全度を高めるため一平方センチメートル当り一二〇〇キログラムを許容応力度としたものであり、「新四ツ木橋事故調査技術委員会報告書(前同押号の四六)一九頁によると、本件リング・ビームの使用材料は、一平方センチメートル当り二四〇〇キログラム以上の強度を有することが証明されており、本件三五〇H鋼の断面積が173.9平方センチメートルであることを考慮すると、許容応力度の観点からは本件リング・ビームに対しては417.36トンの作用軸力が許容されることになるのである。

したがつて、被告人舘も当初はリング・ビームの安全性を許容応力度のみの観点から検討していたのであるが、専門家からエム・レビーの式の存在を知らされ、昭和四二年春ころよりこれを使用するようになつたものである。

なお、リング・ビーム全体の強度に関しては、面外座屈等の問題もあり、エム・レビー式を使用して検討しても十全ではないわけであるが、当時としては、許容応力度のほかにエム・レビーの式を用いること自体すでに画期的なことであり、被告人舘としてこのような両面からの検討を行なえば、リング・ビームの安全性を確認できると考えていたものであり、当時の平均的な土木設計者に許容応力度以外の観点の、たとえば面内座屈ないし面外座屈の観点からの耐力設計を期待することは不可能であつた疑いが強い(第二五回公判調書中の証人奥村敏恵の供述記載部分参照)。

五P7(第七号橋脚仮締切、以下P7と称する)の構造

崩壊したP7は、リング・ビーム工法により施工されたものであつて、同工法は、前記のとおり、専用実施権者である東京エコンによつて製作されたリング・ビームを同社の技術指導のもとに間組において賃借使用するものであるが、昭和四三年一二月末ころ東京エコンが国道荒川出張所に提供した設計計算書(検察官のいう第二回計算書、以下、第二回計算書という)によれば、仮締切の直径は二三メートルで九段のリング・ビームを使用し、図1に掲げる取付間隔(ピツチ)、取付位置で、同じく昭和四四年三月二六日ころ提供した設計計算書(検察官のいう第三回計算書、以下、第三回計算書という)によれば、図2に掲げる取付間隔(ピツチ)、取付位置で、また同年三月九日すぎころ被告人建部が被告人高田の指示で作成した工事実施用の設計計算メモ(後期実施計算書)によれば、図3の取付間隔(ピツチ)、取付位置で、それぞれ構築されるものであつた。

また、P7の鋼矢板、リング・ビーム等の使用材料は次表のとおりである。〈編注・第二回計算書、第三回計算書、実施計算書、使用材料・いずれも略〉

六P7の設計経過

1  昭和四三年一〇月初旬ころ、間組国道荒川出張所において、被告人高田は被告人舘にP7等のリング・ビーム工法による仮締切工事の見積書、基本設計書の作成を依頼し、同月一八日ころ、被告人舘は、自ら作成したP7の設計計算書(検察官のいう第一回計算書、以下、第一回計算書という)をP6(第六号橋脚仮締切)の設計計算書等とともに間組国道荒川出張所に届けた。

この第一回計算書は、

① 土の内部摩擦角 一〇度

② 土の水中単位体積重量 0.7トン

③ 土圧係数 0.7

④ 許容応力度 一平方センチメートル当り一、四〇〇キログラム

⑤ 下段リング・ビーム組立時における直近上段リング・ビームのエム・レビー式によつて得られる面内座屈耐力と設計上想定した作用軸力の比(検察官のいう面内座屈に対する安全率、以下、面内座屈に対する組立時の安全率という) R6において0.948

⑥ 使用するリング・ビーム R1からR6につき、三五〇H鋼、R7からR9まで三五〇H鋼二段組み

⑦ 過載荷重 水圧を最高水位よりさらに一メートル上位から分布させる。

⑧ くさび一個当りのジヤツキング量 R1につき五トン、R2につき七トン、R3につき七トン、R4につき九トン、R5につき一一トン、R6につき一三トン(以下略)

とする内容のものであつた。

なお、東京エコンでは、土質条件は賃借人に指定させることにしており、前記①ないし③の数値は間組国道荒川出張所が指定したものである。

また、取付作業が不便なのに⑥記載のとおりR7からR9までを三五〇H鋼リング・ビーム二段組みとしたのは、当時東京エコンが外径二三メートルの四〇〇H鋼リング・ビームを製作していなかつたためである。

また、第一回計算書では、⑥記載のとおり荷重条件として過載荷重を加えて計算しているが、第二回、第三回計算書では過載荷重を加えていない。第一回計算書についてもこれを省いて計算してみると、前記安全率は1.003となる。

2  同年一一月二七日、国道荒川出張所長被告人高田から新四ツ木出張所長被告人青島宛右計算書やP6の設計計算書等の承認願が提出された。(本件請負契約をみると、元来仮締切は契約目的物の施工に関連して必要となる一時的な設備にすぎず、契約目的物と異なり引渡しの対象となるものではないので、その設計施工のすべてを原則として請負人である間組の裁量に委ねている((共通仕様書一〇四条三項前段参照))。しかし、間組の裁量により構築する仮締切が本体の契約どおりの構築に支障((たとえば本体の欠陥、本体の竣工遅延等))をもたらすとすれば、注文者としての国の利益が損なわれることになるので、そのような支障の有無を注文者の立場から事前に検討するため、特記仕様書二二条において、間組に仮締切の構造図及び施工計画書を監督員に提出し、その承認を受けるべきことを義務付けている。前記承認願は右特記仕様書二二条に基づき被告人青島宛提出されたものと認められる。)

3  その後東京エコンでは外径二三メートルの規格の四〇〇H鋼リング・ビームも製作することとなり、また間組国道荒川出張所では詳しい土質調査資料も入手したため、同年一二月下旬ころ、被告人高田の指示を受けて被告人建部は、七段目以下に四〇〇H鋼リング・ビームを使用するP7の設計を東京エコン浦野哲也に依頼するとともに、土質条件の指定の一部変更を伝えた。そこで浦野は右依頼によりそのころ第一回計算書を修正する第二回計算書を作成し、これを右出張所に届けた。被告人舘は右計算書の内容については、浦野から口頭で簡単に報告を受けただけで、自ら点検することはしなかつた。そのため、浦野がリング・ビームの組立時の面内座屈に対する安全率の計算をしないまま右計算書を作成したことを知らなかつた。

この計算書は、

① 土の内部摩擦角 一〇度

② 土の単位体積重量 0.6

③ 土圧係数 0.7

④ 許容応力度 一平方センチメートル当り一、二〇〇キログラム

⑤ 組立時の面内座屈に対する安全率

記載なし(ただし、計算するとR6において0.96となる。)。

⑥ 使用するリング・ビーム R1からR6まで三五〇H鋼、R7からR9まで四〇〇H鋼

⑦ くさび一個当りのジヤツキ量 R1からR4まで第一回計算書と同一、R5につき一二トン、R6につき一四トン

とする内容のものであつた。

4  右計算書は、そのころ間組国道荒川出張所から新四ツ木出張所に提出され、青島の承認を得た。

5  被告人青島は、その後第二回計算書における組立時の面内座屈に対する安全率を計算したところ、1.0を割つていたため、昭和四四年三月初旬ころ、被告人建部に対し、この事実を指摘し、右安全率が1.0を割つていても安全なのかどうか再検討を促すとともに被告人舘に右安全率に関し説明を求めることとし、同年三月二五日新四ツ木出張所に同被告人を呼び寄せた。

同被告人は、被告人青島に対し、右安全率は組立時において1.0前後あればよいが、P7のR6の組立時における右安全率は1.0以上にして設計する旨述べ、同席していた浦野に第二回計算書の修正を指示し、また同席していた被告人建部も浦野に前記図2と同様のピツチを記載したメモを手交し、そのピツチで組立時の右安全率を計算した設計計算書の作成を依頼した。

浦野は、右指示及び依頼の趣旨に従つて第二回計算書のR4からR9までの各ピツチを変更してR6の組立時の面内座屈に対する安全率を1.03とする内容の第三回計算書を作成し、翌二六日国道荒川出張所に届け、被告人建部は同日これを新四ツ木出張所に提出し、被告人青島の承認を得た。

この計算書は、右のとおりR6組立時の面内座屈に対する安全率を1.03とするほか、土の内部摩擦角、土の水中単位体積重量、土圧係数、許容応力度、使用するリング・ビームは、いずれも第二回計算書と同一とし、また、ジヤツキング量は、R1からR4までを第二回計算書と同一とし、R5、R6につき各一三トンとする内容のものであつた。

6  後述のとおり、同年三月九日ころ、被告人建部は、被告人高田らと相談してR1の取付に際してその取付位置を第二回計算書に記載された位置より二〇センチメートル上げることにしたが、これに伴ない被告人建部は被告人高田の指示を受けて二段目以下の取付位置等を再検討することとし、同月九日すぎころ、第二回計算書の控えを利用してメモ書きで実際施工用の設計計算(以下、実施計算書という)を行ない、以後の施工におけるリング・ビームのピツチ及び取付位置を決め、被告人高田の了承を得た。なお、当時被告人青島から第二回計算書の組立時のR6の面内座屈に対する安全率が1.0を割つている事実を指摘され、これが1.0を割つていても安全なのか再検討するよう求められていたことから、右実施計算書においては、これが1.0を上回るようにリング・ビームのピツチ及び取付位置が定められた。

右計算書は、

① 土の内部摩擦角、土の水中単位体積重量、土圧係数、許容応力度、使用するリング・ビーム 第二回計算書と同一

② 組立時の面内座屈に対する安全率

1.06

③ ジヤツキング量 R1につき五トン、R2につき八トン、R3につき一〇トン、R4につき一一トン、R5につき一二トン、R6につき一二トン

とする内容のものであつた。

なお、このような実施計算書があるにもかかわらず、三月二六日これと内容の異なる第三回計算書を何故わざわざ作成して新四ツ木出張所に提出したのかであるが、この点については、三月二五日以前に、すでにR1からR4まで施工済みであつたことは、工事日報によつて客観的に明らかであつたため、R1からR4までのピツチを変更した計算書を三月二六日付で提出するわけにはいかず、R5以下のみのピツチを変更して安全率を高めた計算書を作成するに至つたものと推定される。しかしこの第三回計算書は被告人青島の承認をえた形式はとられているものの、現場作業員には伝達されず、施工は前記実施計算書によつて行なわれたものである。

七P7の施工経過と事故の発生

1  施工及び事故の概要

(1) 昭和四三年一二月二七日から昭和四四年一月二三日

橋脚の基礎となる鋼管杭(長さ二四メートル、直径七〇〇ミリメートル)六四本を打込んだ。

(2) 昭和四四年一月二五日から同年二月一一日

河川桟橋、三脚デリツク、ガイドリングを設置した。

(3) 昭和四四年二月一三日から同月二七日

P7の鋼矢板一八七枚を打込んだ。二月二六日に最終締切鋼矢板の間隔が合わず閉合しないため、国道荒川出張所工事係小薮文夫及び被告人建部の指示で、熔接工阿比留剛らが三枚の鋼矢板を重ね合わせ熔接して調整矢板を作り打込み閉合した。

(4) 昭和四四年三月七日から同月九日

P7のR1の取付工事を行なつた。R1の取付にあたつて、ポンプによる排水作業を行なつたものの、鋼矢板セクシヨンからの水漏れが激しく水位が下がらなかつたため、被告人建部らは被告人高田と相談してR1の取付位置を第二回計算書の位置より二〇センチメートル上げ、最高水位(HWL)より1.40メートルの位置に設置することに決め、レベル測定(水準測量)を行なつたうえ作業員に指示してリング・ビームフランジの下端が右1.40メートルの位置に来るようにしてR1を取付けさせた。

ところで、第二回計算書においてはR1の取付位置をHWLより1.60メートル下方と指定しており、また、R1取付後作成した実施計算書では1.40メートル下方と指定しているが、右の1.60メートルあるいは1.40メートルとはHWLからリング・ビームフランジ中央までの距離をいうものであるところ、実際の施工では、R1のリング・ビームフランジ下端をHWLから1.40メートル下方の位置においたため、結局R1は第二回計算書の指定位置より37.5センチメートル、実施計算書の指定位置より17.5センチメートル高めに取付けられたことになる。

なお、被告人建部は当公判廷において、右のようにリング・ビームフランジ下端をHWLより1.40メートルの位置に持つて来たことはないかのように供述しているが、右供述はP6のR1の施工状況に照らし措信できない。すなわちP6のR1には三〇〇H鋼リング・ビームを用いているところ、右R1は設計計算書で指定している位置よりフランジ巾の半分にあたる一五センチメートル高めに設置されており、フランジ下端を右指定位置に置いたことが明らかであり、P7においても同様の施工がなされたものと推定されるのである。

(5) 昭和四四年三月一一日から同月一三日

P7のR2取付工事を行なつた。被告人建部は、R1とR2のピツチを実施計算書のとおり2.0メートルとするよう作業員に指示してR2を取付けさせた。したがつてR2はR1同様実施計算書で指定している位置より17.5センチメートル上位に取付けられたことになる(R3以下も実施計算書通りのピツチで取付けたためいずれもR1同様17.5センチメートル上位に取付けられた。)。

(6) 昭和四四年三月一四日から同月一六日

P7のR3取付工事を行なつた。R3の取付にあたつて、外圧による鋼矢板の内傾のため規定のリング・ビームが入らなかつたことから、被告人建部及び小薮らは作業員に指示してそのような場合に切断する調整ピースを約八三センチメートル切断させた。(同様の理由からR4において約八四センチメートル、R5において約1.2メートル、R6において約1.3メートル調整ピースを切断させた。)

(7) 昭和四四年三月一六日から同月一七日

P7のR4取付工事を行なつた。

(8) 昭和四四年三月二五日

P7のR5取付工事を行なつた。

(9) 昭和四四年三月二八日

P7のR6取付工事を行なつた。なお、このR6の取付位置は第三回計算書のそれと比較すると、2.5センチメートル下位になる。

(10) 昭和四四年三月三一日

P7のR7設置のための掘削工事を開始した。

(11) 昭和四四年四月一日

午後四時四〇分ころ、掘削作業続行中、突然カーンという金槌で叩いたような音がしたため、仮締切の外から作業員を指揮していた班長貞木悟が危険を感じ、仮締切内の作業員に対し「上れ」と指示し、一部の作業員が階段を上りかけたとき、後記第二の八の破壊の進行により、大音響とともに一部のリング・ビームがはね上り、仮締切が倒壊して河水が仮締切内に流入し、内部にいた作業員八名が死亡した。死亡した作業員の氏名及び死因は公訴事実記載のとおりである。なお事故当時現場付近は最高水位(APプラス2.20メートル)に近い水位であつた。

2  R6の現実の取付位置と面内座屈に対する安全率

前記のとおりR6は実施計算書の取付位置(APマイナス7.1メートル)よりも17.5センチメートル上位(APマイナス6.925メートル)に設置されたものであるが、このこと自体が面内座屈に対する安全率に与えた影響を検討すると、次のとおりである。

① 実施計算書におけるR6の組立時の右安全率 1.06

② 17.5センチメートル上位に設置したことにより変化したR6の組立時の右安全率 1.09

すなわち、17.5センチメートル上位に設置したことにより、右安全率を0.3だけ高めているのである。

なお、第三回計算書はP7の施工の準拠とはなつていないこと前示のとおりであるが、右計算書におけるR6の組立時の右安全率と②の安全率とを対比すると、前者が1.03(但し、計算に誤りがあつたため、正しくは1.06)であるから、後者の方が0.06(正しくは0.03)も高くなつている。(前記のとおり、実際の施工におけるR6の取付位置は第三回計算書のそれよりも2.5センチメートル下位にあるが、それにもかかわらず面内座屈に対する安全率が高くなつているのは、R5・R6間のピツチが一〇センチメートル短縮されているためである。)

3  導入されたプレストレスの量

(一) プレストレスト・リング・ビーム工法における各段リング・ビームのジヤツキング及びくさびの挿入は、各段リング・ビームに組立完了時の設計外力の一〇パーセント増し程度のプレストレス(軸力)を導入することを目的として行なわれるのであるが、ジヤツキをくさびに置き換える際等に、圧力の損失が生じるので、この分をあらかじめ見込んでジヤツキングをし、必要なプレストレスを導入するのである。ところで、同工法の設計基準ではこの損失量を一五パーセントと仮定し、必要なジヤツキング量とこれによつて導入すべきプレストレスを決定することとしている。そして、本件第二回計算書及び実施計算書においてもジヤツキング量及び導入すべきプレストレスの決定は、右設計基準に従つて行なわれており、くさび一個当りのジヤツキング量をR1につき五トン、R2につき八トン、R3につき一〇トン、R4につき一一トン、R5、R6につき一二トンとし、これによつて導入すべきプレストレスをR1につき61.094トン、R2につき97.750トン、R3につき122.187トン、R4につき134.406トン、R5、R6につき146.626トンとしているのである(ただし、R1については第二回計算書(前同押号の三九)の値、R2以下については実施計算書(前同押号の四三の鉛筆書部分)の値)。

(二) ところで、P7の実際の施工におけるジヤツキングの状況を見ると、被告人建部や小薮らは所定の量のジヤツキングをするだけでは水漏れが激しく水替えが思うようにいかなかつた等の理由から、被告人高田の同意のもとに、作業員に指示し、R1以降所定量より二ないし三トン多目の量のジヤツキングをしていたものである。したがつて、前述の一五パーセントという圧力損失の仮定が正しいものとすると、被告人建部らは設計所定のプレストレス以上のプレストレスを各段リング・ビームに導入したことになる。

しかし、右の一五パーセントという数値は単なる仮定値であり、長い現場経験を有する被告人高田が述べるように、実際の圧刀の損失率は種々雑多で一律でないばかりでなく、一般的には右一五パーセントよりかなり多いと考えられる。そしてこのように理解するのが正当であることは、リング・ビーム工法実験報告書(前同押号の九一)、新小松川橋橋梁下部工事仮締切測定報告書ナンバー2(前同押号の六六)等によつても裏付けられている。すなわち、前者(本件事故後、東京エコンにおいてリング・ビーム工法の理論等を再検討するため、他に委託して行なつた模型実験の結果を記載した報告書)によれば、ジヤツキングをしくさびに置き換えた際の前記損失率を測定したところ、四回の載荷実験のうち一五パーセント以下の損失率を示したのは一回のみであり、他の三回はいずれも一五パーセントを超えており、中には35.3パーセントもの損失率を示したものがあつたとされており、また、圧力の損失は、右の際のみでなく、その後鋼矢板、リング・ビーム、くさびの三者がなじみ合うにつれても生じるものと考えられるところ、後者(新小松川橋橋梁下部工事のためのリング・ビーム工法による仮締切工事施工途中における各種測定結果等を記載した報告書)によれば、ジヤツキで一七トン程度の圧力をかけ各くさびを挿入したにもかかわらず、全六段のリング・ビームを設置し床付けを終えて右仮締切を完成させた後において測定した結果、R3においてくさびがリング・ビームに与えている荷重は一個当り平均二トン程度しかなく(損失率八八パーセント)、またR4においても平均5.5トン程度しかなかつた(損失率六八パーセント)とされているのである。このように、設計基準に損失率を一五パーセントと見込んであつても、実際の施工における損失率がこの程度に納まるであろうとの保障は全くなく、本件P7の施工においても、右設計基準の損失率をはるかに超えていた可能性もあるのであり、仮にその損失率が五〇パーセントであつたと仮定すると、P7各段のリング・ビームに三トン多目のジヤツキングをしたとしても、導入されたプレストレスは、R1において57.5トン、R2において79.06トン、R3において93.44トン、R4において100.63トン、R5、R6において107.81トンとなり、いずれも第二回計算書(R1について)、実施計算書(R2以下について)において導入すべきプレストレスとして定めている値よりも小さくなるのである。

以下要するに、本件P7の施工において果して所定のプレストレス以上の量のプレストレスが軸力として導入されたか否かは不明といわざるをえず、さらに、プレストレス導入後の外圧の増加は、外圧がプレストレスの大きさに達するまでは、軸力の増加をもたらさないという舘被告人の理論の当否は、証拠上必ずしも否定されたとは認め難いことも考慮すると、少なくとも、R6に加えられた多目のジヤツキングが本件R6の座屈にどのような寄予をしたかは不明といわざるをえないのである。

4  R7設置のための掘削の深さ

(一) P7における掘削の方法

リング・ビーム工法は、掘削等に機械力を使用できるという点がその大きな利点の一つであるが、間組国道荒川出張所においても、本件P7の仮締切の掘削は、仮締切に接し、その上下流に据付けられた各一基の三脚デリツク上からクラムシエルバケツトを操作してこれを行なつていたものである。ただし、鋼矢板の周辺は右クラムシエルバケツトでは掘削できないので、この付近に残つた土砂については作業員がスコツプで取り除いていた。(なお、この残土は土べらと呼ばれスコツプによる残土の除去は、土べら落しまたは土べら返しと呼ばれている。)

(二) R7設置のための掘削についての指示

実施計算書によれば、R6・R7間のピツチ1.1メートルにブラケツトの取付に要する0.7メートルを加えた合計1.8メートルがR7設置のための所定掘削量とされており、R6にかかる最大作用軸力の計算もこれを基礎にして行なわれている。

ところで、右実施計算書によれば、この計測はR6のフランジ中央を基点として行なうことになつているが、被告人建部及び小薮らは、土木班長貞木悟らに指示してリング・ビームフランジの下端(APマイナス7.1メートル)を基点として計測させていた。つまり、リング・ビームのフランジ巾の二分の一である17.5センチメートルだけ過掘り(余掘)を指示していたわけである。(もつとも、ブラケツトの高さが約五五ないし六二センチメートルであるから、R6フランジ中央から一八〇センチメートル掘削しただけでは、ブラケツトの取付は本来不能であつたのである。つまり、R6・R7間のピツチ一一〇センチメートル、R7の四〇〇H鋼リング・ビームのフランジ巾の二分の一である二〇センチメートルに右ブラケツトの高さを加えると、R7の受けブラケツト取付けのためにはR6のフランジ中央から最低一八五ないし一九二センチメートルの掘削が必要であつたのである。さらに電気熔接による感電防止のためなお若干の掘削を要するとすれば、197.5センチメートル程度の掘削は、結局必要であつたことになるのである。)

(三) 本件事故発生当時における掘削の深さ

本件事故発生当時におけるR7設置のための掘削の深さについては、事故とともに仮締切内の地盤が崩壊したためこれを確定できる物的証拠は存しない。したがつて、この点の確定は供述証拠によつて行なうほかないが、直接掘削作業に従事した作業員は死亡しており、その余の作業員による各供述証拠を検討しても、供述者あるいは供述時期によつて内容が様々に分れており、しかもその証明力の優劣も判別困難なものが多いのである。たとえば、ある工事関係者は仮締切中心部は土盛り状態になつていたといい、他の者は鋼矢板周辺の土べら返しの済んだ所よりも深い状態になつていたというが、いずれが正しいのか不明である。また、供述証拠を供述時期によつて分類すると、事故直後の昭和四四年四月作成された司法警察員に対する供述調書、事故から一年数か月経た昭和四五年七月から九月ころにかけて作成された司法警察員に対する供述調書、事故から二年弱経過した昭和四六年二、三月ころ作成された検察官に対する供述調書に分けられるが、最初の司法警察員調書は記憶の新鮮な状態での供述者の供述を録取したものであるけれども、捜査官が本件のような特殊な事故の解明にとつて何が重要であるかを直ちには理解できなかつたためか、かなり粗略なものに止まつており、真相を十分把握できるだけの具体性に欠け、また後二者の司法警察員調書、検察官調書は、事故から時日が経過し記憶もあいまいになつていたであろう供述者らを、捜査官が過掘りがあつたとの見込みのもとに誘導的に取調べて得た供述を録取したものではないかとの疑いが存し、これまたどの程度真相に迫つているのか疑問がある。結局、本件発生当時の掘削の深さを一義的に確定することはできないのである。そこで「疑わしきは被告人の利益に」との原則にのつとり、関係証拠によつて想定可能な種々の掘削深のうち、施工上の過失責任を問われている被告人らにとつて最も有利な数値をとれば、次のとおりとなる。

すなわち、本件事故発生当時、鋼矢板周辺部(鋼矢板から二メートル程度以内)においては土べら返しが進んでいたが、土べら返しの済んだ部分(上流側の一部)は、R6のリング・ビームフランジ下端から掘削面までの距離が1.8メートルぐらい(フランジ中央から1.975メートルぐらい)、土べらの残つている部分はR6のリング・ビームフランジ下端から掘削面までの距離が1.2メートル前後であつた。また鋼矢板周辺部の内側に右土べら返しをした部分より若干深いくらいの巾一メートル前後の溝が掘つてあつた。そしてこの溝以内の仮締切中心部は土盛り状態になつており、そのR6のリング・ビームフランジ下端からの距離は1.5メートル前後(目測であるためかなりの誤差を含む)であつた。なお、鋼矢板から二メートルぐらいのところに排水ポンプが二個設置されており、ポンプ据付穴は直径一メートルぐらいで深さは溝から五〇センチメートルぐらいであつた。

(四) 過掘りの有無

そこで本件事故発生当時仮締切内が実施計算書の指定する、R6のフランジ中央から一八〇センチメートルという線(APマイナス8.725メートル)より過掘りされていたと認めうるか否かにつき、施工上の過失責任を問われている被告人らに最も有利な可能的事実である(三)に述べた掘削状況を前提にして検討するに、まず過掘りがあつたといいうるには、作用軸力の多寡という観点からその掘削状態を全体的に観察し実施計算書の指定する線まで一様に掘り下げた場合よりも多目の作用軸力を与えていると認めうることを要するところ、本件事故発生当時、たしかに、土べら返しの済んだ部分、溝、排水ポンプ設置場所等については実施計算書の線より若干掘り下げてあつたものと推定されるが、これらの占める面積は全掘削底面績約四一五平方メートルのうち二分の一はおろか三分の一程度にも達していたとは確認できないのであり、他方、その余の部分は右実施計算書の線にまでも到らなつた可能性も存するのであつて、これらを前述の観点から総合的に考察すると、未だ、実施計算書の線まで一様に掘り下げた場合よりも多目の作用軸力をR6に与えるような掘削がなされていたとは断言できないから、結局過掘りの事実は立証不十分といわざるを得ない。

5  仮締切りの内部の地盤抵抗力の減少の可能性

新四ツ木橋事故調査技術委員会報告書(前同押号の四六)一四頁以降によれば「東京側の土質の深さ方向の変化は次のとおりである。河底面(APマイナス5.5メートル)付近に厚さ五〇〜一〇〇センチメートルの有機物の多い極めて軟弱な粘土が堆積している。その下に単位体積重量約1.7t/m3、一軸圧縮強度0.7kg/cm2、スウエーデン・サウンデイング一〇〇kg程度の粘土がある。掘削底面(APマイナス8.9メートル)付近からAPマイナス一二メートルまでは極めて軟かい粘土があり、さらにそれより深い地層では再びスウエーデン・サウンデイング一〇〇kg程度のものとなる。また松戸側の土質の深さ方向の変化は次のとおりである。河底面(APマイナス6.6メートル)付近に厚さ五〇〜一〇〇センチメートルの有機物の多い極めて軟弱な粘土があり、その下に東京側に同様にやや貫入抵抗の大きい層がある。掘削底面付近以下は再び極めて軟かい粘土となつている。この粘土の一軸圧縮強度は0.4〜0.6kg/cm2である。粘土の鋭敏比は極めて高くねり返したサンプルの一軸圧縮強度は0であつた。(中略)再仮締切り後、仮締切りの内側と外側とで間隙水圧を測定した結果によれば仮締切り外側(すなわち再仮締切内側)の粘土中の間隙水圧は、設計計算書に採用している水面からの深さに比例する静水圧より小さかつた。(中略)掘削にともなつて、鋼矢板は内側へ変形しやすい状態にあり、加うるに、仮締切り内側の水位低下による上向きの浸透流の発生および掘削による土かぶり圧の除去による粘土地盤のゆるみにより、内側の抵抗土圧は掘削面近くでは極めて小さかつたと推定される。地中においては受動土圧の大きさは、粘土の一軸圧縮強度と間隙水圧の和にほぼ等しくなる。これは上向きの浸透流の圧力により土粒子の見掛け比重がほぼ0になるためである。(中略)事故直後の四月二日仮締切り内側の地盤高さの測定結果によれば、APマイナス8.0〜8.4メートルとなつており、事故直前における推定地盤高APマイナス8.6〜8.9メートルよりやや上昇していることが認められた。このような掘削面のふくれ上りの原因の一つとして、鋼矢板の内側への倒れこみによる掘削面の上昇があり、鋼矢板の倒れこみの量から、地盤の上昇高さを推定すると、ほぼ事故後の地盤高さと一致する。しかし掘削による上載荷重の除去、上向きの浸透圧によつて、内側地盤のゆるみが起こつたことが想像できるので、破壊につながるような大きなヒービングではないがその土の抵抗力の低下を生ずる程度のヒービングはあつたと考えられる。(中略)鋼矢板で囲まれた粘土の圧縮ひずみが約四%となつていることから掘削底面付近の粘土は一軸圧縮強度にほぼ近い圧力を受けていたことが想像される。持続荷重を受けた場合鋭敏比の高い軟弱粘土の強度は低下しついには急激に破壊し強度はほとんどなくなつてしまう。このような粘土の性質のために、鋼矢板に囲まれた粘土は時間の経過と共に強度が低下し、ひいてはリング・ビームの軸力の増加をもたらす。(中略)ただし上にのべた鋭敏比の高い軟弱粘土の持続荷重による強度低下の現象については、目下のところ十分に明らかにされているとはいいがたい。」とのことである。右調査結果に第八回公判調書中の証人福岡正巳の供述記載を総合すれば、仮締切り内部の軟弱地盤が鋼矢板を介しての外圧により一定時間の経過とともに急激に破壊し、強度が急激に低下し、その結果リング・ビームの軸力増加をもたらした可能性を否定することはできない。(なお、右報告書は、内部地盤の抵抗力減少によるリング・ビームの軸力増加を三〇トンと推定しているが、これは、内部地盤の抵抗力減少によるリング・ビームの軸力増加の最大値が約七〇トンであることを前提として、R6の面外座屈耐力の推計値と新四ツ木橋事故調査技術委員会の考案による計算法(新四ツ木橋検討資料X2―前同押号の六〇)に基く外圧の推計値との差をこれで埋めたにすぎないものと認められ、面外座屈耐力の推計方法自体が未だ試案の段階であり確立されていないうえ、外圧の推計にも多くの仮定を含んでいる以上、内部地盤の破壊自体と同様有力な疑いという程度にとどまる数値とみるべきである。)

八P7倒壊の磯序

1  P7倒壊の原因

本件事故は、R6が破壊したことに伴い、連鎖的に他のリング・ビーム及び鋼矢板が破壊し構造物全体が倒壊して発生したものと認められる。

R6の破壊がP7倒壊の原因をなすと考えられる理由は次のとおりである。

① 本件事故発生時においてR6が最大の外力を受けていたと考えられること

② 本件事故発生後引き上げられた鋼矢板は仮締切りの内側に凸に弓形に変形していたことから上段にあるリング・ビームよりも下段にあるリング・ビームが先に破壊したと推定されること、すなわち、もし上段のリング・ビームが先に破壊したとすれば、右とは逆に内側に凹に鋼矢板が変形すると考えられること

③ R3は、リング・ビーム部材がかなり仮締切りの外に飛散しており、かつ継手端板の熔接部が引張破断しているが、この事実は少なくともR1ないしR3が最初に破壊したものでないことを示すものであること

④ もし、R6が、R5、R4より後に破壊したとすれば、鋼矢板はR6近くで折れ曲ることになると考えられるところ、新四ツ木橋事故調査技術委員会報告書(前同押号の四六)「図5・鋼矢板の変形状態」からも認められるように、鋼矢板の折れ曲り点はR6付近ではなく掘削底面よりも下にあること

⑤ R4、R5が、それより大きな外力を受けていたR6よりも先に破壊したことを裏付けるに足りる合理的根拠が全く存しないこと

2  R6破壊の原因

P7倒壊の原因になつたR6破壊の原因はその面外座屈(四波)にあると認められる。このことは、事故後引き上げたR6のリング・ビームを組立て直したところ、縦方向に四波の波形を示していたこと並びに第二五、第二六回公判調書中証人奥村敏恵(同証人は前記技術委員会の委員であり、座屈理論に関する専門家である)の供述記載部分及び第八回公判調書中証人福岡正己(同証人は前記技術委員会の委員長で土質工学の専門家である)の供述記載部分により明らかである。

すなわち、奥村証言は、

問 事故調査委員会の報告書の内容につきまして、あなたのご意見と喰い違つたところはございますか。

答 さきほど申しましたように労働省の場合には、包括的に考えましたので、当然いろんな意見を全部入れて(予防をする場合にはいろんな人の意見を全部入れていかないと予防になりませんので)、予防的な立場で書いておりますので、必ずしも私の意見ではそういうことを考えてない面もふれておることは確かでございます。ただし建設省の場合には、私は土質の専門家でございませんので、土質の専門家がいろいろ勉強されて議論されたこと、しかも私たちがなるほどそういうものの考えがあるのかということを理論的に納得できたという意味において、理論的に納得したわけでございます。それは最終段階において。それからさきほど申しました面外座屈については私の専門に近いもので、実際に見まして、面外座屈の様子がありますので、いろいろ勉強さしてもらいまして、これも一年かかつてやつとこの段階で到着したわけでございますが、必ずしも委員の皆さんが最初はそれを十分に認識されていなかつた方も多かつたようでございまして、水を、二重締切りにしまして、二重締切りした中にはいりまして、下の六段目が現場に設置されるのを見まして、私の前任者である最上先生、最上先生は応用力学の世界的な一人者、土質力学の世界的な一人者、先生、座屈という面は若い時におやりになりましたけれども、そういう問題はつつこんでおりませんでしたから、なるほど君の言うようにそういうことは起るんだね、ということを言いましたのが印象的。私も、これだけのお偉い先生でもそういう自分の専門が変るとなかなかなんだなということを感じましたけれども、最上先生はいろいろやつた結果を、我々の言つたことを多分承諾していただいたと思いますが、委員それぞれにおいて専門がちよつと違いますと、それはいろんなことを全部総合して納得された、こういうことじやないでしようか。(第二五回公判)

問 今度現実に事故を起した仮締切りなんですがこれは、面外座屈のほうが起り易い要素が多かつたとお考えになるんですか。

答 私は、学問的にそういうふうに考えております。

問 本件、仮締切りが倒壊する時の状況について、証人のほうでは、どういうふうに想定されておるのでしようか。

答 倒壊する時の状態は、我々が二重締切りをした後で中へ入りまして、そういうことがあり得るだろうと想定して、いろいろ勉強してもらいましたけれども、入りました結果、今、私が申し上げている面外座屈の性状が起つておりますので、なるほど、そういう状態で変形が起つて、それで、全体が崩れる一つの要素はあつたというふうに、私は実際の現場を見まして確認したわけでございます。

問 最初の一次的な問題としては面内座屈あるいは弾性変形でリングが横から動くというようなことから、倒壊に至つた過程で、リング・ビームが面外座屈による破損をしたということは考えられないんでしようか。

答 私は、そういう状態ではなくて、崩壊というものが非常にいきなり起つた座屈現象以外のなにものでもございませんので、そうしますと、座屈現象というのは、外力と内力のエネルギーのバランスが崩れたというふうに考えるべきだろうと、そうすると、二通りのバランスの崩れ方しかないと、ただし、その時に、我々は座屈の波形というものについては、わかりませんので、波形というものを、いろいろ想定いたしまして、計算をしましたけれどもそういうふうな現象を我々は、ああいうような突然起るものは座屈以外にない。先程おつしやつた曲げとか、そういうもので起りうるならば、もつと初期の条件においておそらく、予備的な知識がそこで働いている人達に与えられていたというふうに考えられます。従来の先程お話になりました小松川とかその他の橋においては、局部的な曲げというものが起つている。先行している例らしきものが見受けられますけれども、今回のように突然起つたものにつきましては、突然起るということは、すなわち座屈以外に考えられませんので、そういう意味では、座屈に対する予備知識というものを、我々は、ある程度持ちながら研究を進めたわけでございますけれども、ただし、現物を見ない限りにおいては判定できませんので、最終的には現物において判定したというのが真実の調査の事実でございます。(以上第二六回公判)

というのであり、また福岡証言は、

問 その面内座屈じやなかろうかということが考えられて、それが否定せられて面外座屈に移つたといわれましたけれども、面内座屈の説が姿を消したのはどういう経過ですか。

答 これは、いろいろ原因がありますけれども、面内座屈というのは、拘束を加えた場合には非常に強いものであるということがはつきりわかりましたので、まあ何かほかのことじやなかろうか、それから今度リング・ビームを水中から引き上げましたので、それを組み立ててみますと、これは面外座屈じやないかというような、いわゆる構造関係の専門家がいわゆる意見を出して、われわれの見ましたところ確かにそうだということになつたわけです。

問 本件のリング・ビームの破壊、いわゆる何からどういう順序を通つたかということについて、委員会の認定は多少動いたんではございませんか。一年の間に。

答 ええ、もううんと動いております。

問 大まかにいうとどういうふうな発展になつておりますか。

答 最初は設計上にミスがあるんじやなかろうか、あるいは施工上でミスがあるんじやなかろうか、というようなところをいちいちしらみつぶしに調べましてそれから今度は、リング・ビームを引き上げまして、それを組立てたり、あるいは矢板を建設省の千葉支所の庭に並べて、それを眺めて議論をして、その段階においては、最初の議論とうんと違つてまいりました。それから面内座屈と考えていたのが面外座屈に意見が変わりましたので、それから先は面外座屈のことになるとかいうふうにどんどん議論は変わつております。(以下略)

というのである。

ところが、第七、第九、第一一回公判調書中の証人久宝保(同証人はP7の倒壊の原因等に関し、捜査段階において向島警察署長の嘱託により第一、第二鑑定書を作成し、公判段階において検察官の嘱託により第三、第四鑑定書を作成している土木工学の研究者である。)の供述記載によれば、同証人は繰り返し「本件事故は座屈によつて生じたものではないと考えている。」とか「弾性変形が破壊の原因である。」とか「ブラケツトがあれだけあれば面外座屈は起きない。」などと供述し、また第一鑑定書では「本件事故はリング・ビームが弾性変形をして座屈を生じない状態でばねのように飛び出したことにより発生した。」と述べ、また第四鑑定書では「面外への変形は二次的に発生したものである。」と述べ、R6が面外座屈により破壊しひいてP7の倒壊に至つたことを否定しているが、同証人は事故現場を調査する機会に乏しく、また座屈理論に関する専門家でないため、本件の具体的な現象についての説明は前記奥村証言や事故調査技術委員会報告書の記載に優越する説得力に欠け、到底右に述べた当裁判所の結論を左右することはできないのである。

なお、検察官は、P7破壊の原因として主位的にリング・ビームの面内座屈を主張しているが、これはR6の設計上の面内座屈安全率が1.0前後であつたことからの推測と思われるが、証拠上、本件仮締切りの破壊がリング・ビームの面内座屈によつて生じたと認めるべき資料は他に存しないのみならず、右久宝証言すらもこれを否定しているのである。(もつとも第一一回公判調書中の同証人の供述記載中には、「面外座屈の方が面内座屈より先行したとは考えられない。」との部分も存するが、右供述が、P7の倒壊原因を面内座屈にあるとする趣旨でないことは、右供述の前後を通読すれば明らかである。)

3  R6の軸力超過の原因

R6破壊の原因がその四波の面外座屈であることは、ほぼ間違いないとすれば、R6の面外座屈耐力を超過する軸力がR6に作用したことも当然推定されるところである。ではR6の軸力が面外座屈耐力を超過した原因は何であつたとみるのが相当であろうか。

R6の面外座屈耐力についての第一二回公判調書中の証人福岡正己の供述部分によれば、リング・ビームの矢板側フランジのみが拘束され、反対側フランジが拘束されていない場合のリング・ビームの面外座屈耐力は、矢板側フランジ中央がピンで結合されている場合を仮定した次の数式によつて表わされる。〈編注・略。qcrR(面外座屈耐力−軸力)≒235tとされている。〉

右数値は、リング・ビームがくさびで支えられているとした場合にも、木材のヤング係数を二八〇〇kg/cm2、ポアソン比0.4、くさびの厚さ一〇センチメートル、リング・ビームの水平度プラス・マイナス六センチメートルと前提すれば、ほぼ同一となり、リング・ビームの水平度をプラス・マイナス一〇センチメートルとしても、四波の面外座屈耐力は約二三〇トンとなるとのことである。

しかし、右面外座屈耐力の誘導式は多くの仮定を含み、実験による検証も経ていないものであるから、現実の面外座屈耐力は右算出による面外座屈耐力を上廻つたという可能性も、また逆にこれを下廻り、設計外力による軸力にすら及ばなかつたという可能性も絶無ではないというべきであろう。しかし、現在のところ、右誘導式以外に適当な計算式はないうえ、少くとも被告人らの刑事責任を否定する事象の有無の検討資料にはなりうるのであるから、四波の面外座屈耐力は約二三〇トン前後であつた蓋然性があるとして検討を進めるべきであろう。

次に検討すべきは、外圧が設計計算値を上廻つたために右面外座屈耐力以上の軸力を生じたか否かであるが、前記ランキンの土圧式は安全率の高い計算法であるから、設計掘削面までの土圧、水圧が設計値を上廻り、そのために前記面外座屈耐力以上の軸力を生じたという蓋然性は乏しいと考えられる。しかし、前出第二の七の4の(三)(四)において証明不十分として肯認しなかつた過掘りも、疑いとしては存するわけであるから、例えばR6の中心から2.60メートルの距離(APマイナス9.525メートル)まで平均に掘削されていたことを前提とするならば(牛島末男の検察官に対する昭和四六年二月一六日付供述調書、根本正の検察官に対する同年三月一五日付供述調書によれば、R7設置のための掘削の深さが、鋼矢板周辺を除き、2.60メートルないし三メートルくらいに及んでいたとの疑いも絶無とはいえない)、前出第二の四の3の(一)(二)の計算式によれば、R6の受持つ外力は20.251トンとなり、R6の半径を11.20メートルとすれば計算上軸力は約二二五トン(R6の半径を11.325メートルとすれば軸力は約二三〇トン)に達し、R6の面外座屈が過掘りという施工上の過失によつて惹起された疑も必ずしも否定することはできないのであるが、この点は、過掘り自体が証明不十分である以上、なお証明不十分とするほかはない。

次に考えられるのは、前出第二の七の5においてその可能性の肯定された内部地盤抵抗力の減少によるR6の荷重の増大である。内部地盤の抵抗力が減少しかなりの部分まで受働土圧がほぼ0になると仮定すれば、その抵抗力の滅失した深さ如何によつては、その土圧がそれだけの過掘りと同様に荷重の増加をもたらすのみならず、現実の支点もかなり深い位置に存することが想像されるので、R6の軸力が二三〇トンないし二三五トンという面外座屈耐力を超過することは十分ありうると推測される。ただ現実には内部地盤の抵抗力の喪失がどの程度の深さに及んだかは確定し難いのであるが、新四ツ木橋検討資料X2(前同押号の六〇)によれば掘削底面以下相当の深さまでその可能性があつたことが示唆されている。また矢板の現実の底部支点については鋼矢板の折れ曲り点でもあり、標準貫入試験によるN値0の深さでもあるAPマイナス一四メートルに近い地点であつた可能性も否定し難い。したがつて、かりに掘削自体はAPマイナス8.725メートル(第二の七の4の(四)参照)の深さにとどめたにしてもAPマイナス9.525メートルないしそれ以上の過掘りに相当する部分の内部地盤までが圧縮により抵抗力0となつた可能性があり、そうだとすればそれだけで計算上軸力は四波の面外座屈耐力を超過した可能性があることになる。もつとも、この点も内部地盤の抵抗力が急激に減少ないし滅失した深さがAPマイナス8.725メートルをどの程度超えたか等を確定し難い以上、R6の破壊の原因としては可能性の程度にとどまるというべきである。

第三被告人らの過失責任の有無について

一設計上の過失の有無について

検察官は、リング・ビーム組立時の面内座屈に対する安全率を1.0前後で設計したことは、注意義務に違反すると主張する。

よつて検討するに、本件事故はR6の四波の面外座屈という、面内座屈とは異なる機序によつて発生したことが、前記のとおり、ほぼ確実と認められるのであるから、面内座屈安全率の観点からの注意義務を尽したか否かを検討することは、一応、関連性に乏しく、また面外座屈については、現象としてはともかくその耐力計算の方法は高度の専門家においても開発されていなかつたのであるから、本件設計計算において直接面外座屈の観点から安全性の検討がなされていなかつたとしてもこれを非難することはできないと思料される。

しかし、かりに設計者において、面内座屈の観点からする設計計算上安全率を十分とらなかつたという注意義務違反があり、他方面内座屈安全率が十分とつてあれば、面外座屈も起らなかつたという機序があるとすれば、面内座屈の観点からする注意義務違反行為が、面外座屈を招いたものとして、設計者はその結果につき責任を負わなければならないであろう。

ところで、本件においては、後にのべるところから明らかなように、面内座屈に対する安全率と面外座屈の安全率との間には一定の比例関係はなく、したがつて前者を高めることによつて後者を当然に高めることにはならず、したがつてまた、面内座屈安全率を1.0程度として設計したことが面外座屈を招いたものともいえないので、この点からすでに被告人らの責任を問うことはできないと考えられるのであるが、なお近時の過失論の構成の多様性に鑑み、右安全率を1.0程度としたことが果して注意義務に反するものであるか否かについても一応検討を試みるに、たしかに、面内座屈安全率1.0程度ということは一見いかにも危険であるかのようにみえるのであるが、面内座屈安全率とは面内座屈耐力を設計軸力で除して得られる値であるから、設計軸力あるいは面内座屈耐力そのものにすでにかなりの安全率が隠されていれば、面内座屈安全率としては1.0程度しか見込まなかつたとしても必ずしも不当とはいえない。そして本件の場合、その設計軸力はすでにのべたとおり安全性の高いランキンの土圧式を用いるなどして算出されたものであり(当時一般に採用されていたテルツアギー・ペツクの式によりR6の軸力を算定すると約八〇トン、チエボタリオフの式によつて算定すると約一三〇トンにしかならない。これに対し、本件における設計軸力は約一八〇トンである)、当時の設計常識からすれば本件のような軟弱地盤における設計軸力として不足がなかつたどころかかなり大き目の値であつたと認められるのであり(第八回公判調書中の福岡正己の供述記載部分参照)、他方設計上の面内座屈耐力は、前述のとおりエム・レビーの式によつて算出されたものであつて、仮締切周囲の土による拘束力が加わつた実際の面内座屈耐力は右設計上の面内座屈耐力よりかなり大きくなることを、被告人舘において経験上予測していたのであり(なお実際の面内座屈耐力は少なくともエム・レビーの式による設計上の面内座屈耐力の1.8倍はあつたことが事故後の研究によつて明らかにされていること前述のとおりである)、したがつて設計上の面内座屈耐力が設計軸力と同程度であつたとしても、実質的には設計軸力に対し相当余裕のあることが期待できたのであるから、これらを総合考慮すると、他方において施工誤差等通常考えられる危険側要因を考慮しても、本件R6の設計上の面内座屈安全率が1.0程度であつたことをもつて注意義務違反と断定することはできないのである。

もつとも、本件仮締切の内部地盤の抵抗力が急激に低下し、これがR6の軸力増加及び四波の面外座屈をもたらした可能性のあること前述のとおりであるが、この点に関連して検察官は、右現象が現実に起つたか否かは別として、軟弱地盤において抵抗力の急激な低下現象のあることは土木関係者一般に周知の事実であつたのであるから、本件設計計算においてもこの点に対する配慮を欠いてはならなかつたと主張している。たしかに本件設計によつては右のような現象が生じる可能性のあることが当時の平均的土木設計者に予見できたとすれば、予め設計にあたつて、作用軸力あるいは面内座屈安全率を本件設計で採用したものよりさらに大きい値とすべき義務があつたといえる。しかし、第八回公判調書中の証人福岡正己の供述記載部分、新四ツ木橋事故調査技術委員会報告書(前同押号の四六)及び昭和四六年一月一九日付建設省意見書(前同押号の四七)によれば、軟弱地盤の抵抗力の急激な低下という現象については、本件事故前は、軟弱地盤の力学的性質を研究テーマとしている高度の専門家の間でも議論の余地の十分ある問題であるという程度にしか知られておらず、我国はもとより世界的にもこの点を考慮して締切の安全を論じたものはなかつたのであり、また本件事故後における事故原因調査の過程においても、土質工学の専門家多数を擁する新四ツ木橋事故調査技術委員会ですら円筒状に組み立てられた鋼矢板の内側にプレストレスを加えたリング・ビームが設置され、また右鋼矢板は地中深く打込まれているにもかかわらず、この鋼矢板に加わる外圧が鋼矢板内部地盤に一軸圧縮強度以上の圧縮力を加え、その強度を急激に減少させるという機序には容易に気付かなかつたのであつて、これらに照らせば、本件当時の平均的土木設計者の水準では、本件仮締切について右のような現象生起のおそれを定量的にはもとより定性的にも予見することはできなかつたという疑いも多分に存するから、被告人らがこれをリング・ビームの設計軸力あるいは見込むべき面内座屈安全率決定に反映させなかつたからといつて、これを被告人らの過失と断定するにはなお合理的疑いを容れる余地があるといわざるをえないのである。

しかのみならず、本件設計においては、前述のとおり面内座屈の観点だけでなく部材の許容応力度の観点からも仮締切の安全性を確認しているが、当時の土木業界の設計常識では、構造物の強度は、その部材の許容応力度(許容応力度自体、破壊=降伏点に対する安全率を包含している)の観点から安全率をとることをもつて足りるとされていたのであり、当時円環の座屈現象は高度の専門的分野に属していたのみならず、円環構造物について面内座屈の観点からどの程度の安全率を見込むべきかについての土木設計者に対する指導的基準も存しなかつたのであり、したがつて、当時の平均的土木設計者に対し面内座屈の観点から構造物の安全性を検討することを要求することは困難であつたから、たまたまこの観点からの検討は行なつたもののその採用した安全率が十分根拠あるものでなかつたとしても、許容応力度の観点から十分な安全率をとつていたとすれば、これを非難することはできないといわなければならない。そして本件の場合、採用した許容応力度はすでにのべたとおり、法定の範囲内にあるのみならず、一歩進んでその二分の一にまで落しているのであり、許容応力度の観点からは十分な安全率を見込んでいたものと評価できるから(第二五回公判調書中の証人奥村敏恵の供述記載部分参照)、面内座屈安全率が1.0程度であつたことをもつて、本件設計に過失ありとの根拠とすることはできないといわなければならないのである。

なお、検察官は、本件R6の破壊原因が面外座屈であつたとしても、設計上面内座屈を考慮した以上は、少なくともR6につき予想される最大作用軸力の1.5倍の面内座屈耐力を確保する設計を行なうべきであつたと主張し、1.5倍の面内座屈耐力をとるためには具体的方策としてR6に四〇〇H鋼(エム・レビーの式による面内座屈耐力三一七トン)を使用すべきであり、そうすれば、四波の面外座屈耐力は、新四ツ木橋事故調査技術委員会の開発した前記計算式によつても四一三トンになるから、結果として面外座屈も回避し得たことになるとする。

しかし、第二五回公判調書中の証人奥村敏恵の供述記載部分によれば、

問 この事を私素人で理解を充分理解していないのかもしれませんが、部材断面の選択によつてということは、面内座屈耐力面からの対策では、面外座屈の対策の防止には有効でないと、そういう趣旨に書かれているんじやないでしようか。

答 おつしやるように、面外座屈は、使用しているリング・ビームの剛性というものがある程度関与するものでありますが、面外座屈につきましては、拘束の状態、いわゆる壁側のフランジの拘束の状態というものが非常に問題になりまして、それを、いろいろ細かくやつて行きますと、当時いろんな計算はいたしましたけれども、計算だけでは、実証になりませんので、ある程度実験をしなくちやいけない、労働省でこういう実験をしようという計画もあつたわけであります。しかし、当時の労働省の労働研究所で、その実験をするのは、なかなか難しいことで、たまたま土木研究所でトンネルの支保坑の実験をしておりまして、私は別の意味で見せていただきまして、それである程度、問題の所在のありかがわかつたわけでありますが、その時点は、この文章を書く時期と、どういうふうに前後していたか古い昔のことで、私の記憶を呼び起しても、どつちが前か後かということは、表現することは難しいんですけれども、少なくとも拘束条件というものが面外座屈には、相当、きいて来ますので、剛性を強めただけでは、面外座屈に対して寄与するとは言えない、やはり使用条件と絡んで剛性とバランスするような拘束条件を考えないと、ふやしたところで面外座屈に寄与することは決してあり得ない。座屈というものは、座屈の波形というものが、問題になりますので、その波形が大きくなれば、大きくなるほど座屈耐力はふえてまいります。そういうものが拘束条件と絡んで来ますので、その辺が面外座屈で、波形がどうなるかという理論は、極めて難しい理論でございます。拘束条件というものと、波形との結び付きが大変難しいという意味で、このことを書いておりますので、単に剛性、曲げの剛性だけでは、論ずることはできないということは、私の学問的な体系からも、労働省の森さん達も長い間勉強しておりまして、博士論文として審査したこともありますけれども、この人もそういうことに着目して勉強しておられた方ですから、二人の一致した意見がこのようなことになつたわけでございます。

問 耐力との間には比例と申しますか、なんか関係があるのでございましようか。言い換えますと、面内座屈耐力を強くしておけば、面外座屈は、起らないというような一般的な関係でもあるでしようか。

答 ないと思います。というのは、先程申しましたように、座屈は支持の条件というものが問題になります。そうしますと、面内に対する支持条件、土のばねの条件、それから面外に対する支持の条件、これは違つておりまして今回の場合は、いろいろ勉強した結果、いわゆる楔の摩擦力を剪断バネとして計算しましたので、大体、いろんな実験にも合うようなことがわかりまして、結局は、そういうようないわゆる支持条件が違つておりますので、支持条件のバネの形態が違つておりますので、これは比例するということにはならないと思います。

問 ところが法廷に来られたある大学の先生は、広幅系列―桁高と桁幅が等しいような広幅系列のH鋼の場合には、面内座屈耐力を強くしておけば、面外座屈耐力も強くなつて、面外座屈も起らないんだということを言われた証人もいるんですけれども、学問的には、そういうことは正しいんでしようか。

答 一つ言えますことは、広幅にすれば面外に対する剛性は高くなるということは言えるでしよう。しかしその剛性が高くなると剛性に合うだけのバネ、いわゆる楔をもつと沢山入れるとか、バネを強くしないと、結局波形が今回四つの波形になりましたが、小さくなりますと波形の二乗にきいてまいりますので、折角、自分の剛性が強くなりましても、これは変え様がありませんので、波の大きさというのは、これが一番大きな要素になりますので、二つの波になつてしまえば、結局は四分の一になる。そうすると、たちまち小さなものになりますので、周囲の条件、今回の場合には、楔を入れられてやつておられたというのは、私は、大変いいアイデアだと思いますが、外力の問題とか、いろんな難しい問題があつたために不幸にして起つた事故であつて、そういう意味で、それに対する努力はされていた、こういうふうに考えられますが、従つて剛性をふやしたからと言つて、その辺のところを、それだけの剛性に合うような楔の入れ方でなければ、それが成り立ちませんので、これは結果論としては、どんなことでも言えますけれども、現実問題としては、大変難しいと私は思います。

問 検事さんはM・レビーの式で計算した面内座屈耐力の安全率を1.5にしておけば、面外座屈も起らなかつたんじやないかという主張をしておられるんですが、そういうことは言えるでしようか。

答 それは、先程の理屈から言いますと必ずしも言えないと思います。

というのであり、これによつても明らかなように、現在の土木工学の水準では事前に面外座屈の波数を予測することは不可能であり、R6に三五〇H鋼を使用した場合にたまたま四波の面外座屈をしたからといつて四〇〇H鋼を使用した場合の座屈波数が四波になると推定することは根拠がなく、支持条件その他により四波になることもあつたかも知れないが、三波以下になることもありえたのであり、仮に三波の座屈波数をとるとしたらその面外座屈耐力は前記計算式によれば約一七〇トン程度にしかならず、三五〇H鋼を使用した場合の四波の面外座屈耐力約二三五トンを大きく下回ることになり、かえつて面外座屈に対する危険が増したといえるのであるから、四〇〇H鋼を使用すれば面外座屈を回避しえたとする所論は採用しがたい。

二施工上の過失の有無について

検察官は、P7の施工において、各段リング・ビームに規定以上のジヤツキングをし、過大なプレストレスを導入したこと、R6を第三回設計計算書の指定位置(これによれば面内座屈安全率1.03)よりも二〇ないし三〇センチメートル下位に設置したこと、R7設置のための掘削は設計上R6の中心線から1.8メートルに止めるべきであつたのに1.975メートル以上の掘削をしたことの三点において過失があると主張する。

しかし各段リング・ビームに規定より若干多目のジヤツキングがなされた事実は認められるけれども、ジヤツキ取り外しの際等の圧力損失率を考慮すると、各段リング・ビームに過大なプレストレスが導入されたとは確認できないことは、第二の七の3において説明したとおりである。

またR6の設置位置が実施計算書においては第三回計算書よりも二〇センチメートル下位になつていることは認められるが、現実の施工はR1以下各段とも右実施計算書よりも17.5センチメートル上位になつていることも認められるので、結局現実の施工においては第三回計算書の指定位置よりも2.5センチメートル下位となつているに過ぎないばかりか、現実の施工(実施計算書)においてはR5とR6との間隔は第三回計算書のそれよりも一〇センチメートル短縮されているため、安全率においては第三回計算書のそれよりも向上していることは、第二の七の2において説明したとおりである。したがつて、右設計が過失とは認め難いこと前項に説明したとおりである以上、右施工も過失とは認め難いのである。

またR7設置のため、R6のフランジの中央から何センチメートルの深さまで現実に掘削されたかについては、必ずしも明らかでないことは第二の七の4の(三)(四)において説明したとおりであるが、右証拠上から認められるとおりR6のフランジ中央から197.5センチメートルの深さまでは当然掘削されるべき状況にあつたので、その線まで掘削がなされていた可能性は存するのであるが、そうだとしても、この掘削によつてR6に作用する軸力は、第二の四の3の各計算式によれば、R6の半径を11.10メートルとして、181.763トンであり、R6の許容応力度、拘束を考慮した面内座屈耐力はもとより、四波の面外座屈耐力にすらはるかに及ばないのであるから、197.5センチメートルの掘削を施工上の過失とすることはできない。

仮りに二六〇センチメートル以上の掘削がなされていたとすれば、これによつて生ずる軸力がR6の面外座屈を惹起した可能性も生ずるのであるが、右過掘り自体が証明不十分であり、むしろ内部地盤の抵抗力の急激な減少ないし滅失によつてR6の軸力がその面外座屈耐力を超えた疑いも存すること第二の八の3に説明したとおりである以上、施工上の過失を肯定することはできない。

三監督上の過失について

検察官は、被告人青島につき、本件新四ツ木橋(右岸)下部工事の国側の主任監督員として、本件設計及び施工の安全を確認し事故の発生を防止すべき注意義務があつたと主張する。

しかし、すでに検討したとおり、本件工事における設計上及び施工上の過失が肯定されない以上、被告人青島の監督上の過失の有無を論ずるまでもなく、同被告人の刑事責任を問いえないことは明らかであるが、付加して判断を示すと、そもそも工事請負契約においては、請負人が契約の趣旨に従つた工事の完成を約し、注文者は契約の趣旨に従つた工事目的物の完成に対して報酬を支払う義務を有するにすぎない(民法六三二条)のであるから、その工事目的物の完成に至る間の工事に関しては、これによる災害防止の義務は原則として請負人に存し、注文者はこれを負わないと解すべきである。ただ、その工事は契約及びこれに付随する注文者の指示に拘束されるものであるから、注文者も、危険な注文もしくは指示をすれば、その限度で、発生した災害に対し故意または過失の刑事責任を問われることがあるにすぎないのである。

そしてこの論理は、契約(関東地建土木工事共通仕様書一〇四条三項前段)上請負人の責任において設計施工すべきことが明記されていた本件仮締切等の仮設備工事については一層妥当するのであつて、注文者が特に拘束力ある危険な指示を発し、請負人がこれに従つたために災害が発生したという場合等でない限り、注文者は右仮設備工事によつて発生した災害の責任を問われることはないというべきである。

ところで、国の発注する公共工事については、法律上、国の監督員の派遣が原則として義務付けられている(会計法二九条の一一、一項、予算決算会計令一〇一条の三)。しかし、この監督員派遣の目的は、専ら請負の目的たる工事が契約どおり完成することを確保することにあり、本来注文者として負担していない施工途中における災害防止義務を特別に負担してこれを監督員になさしめるためではないのである。なお、検察官が、青島の担当する現場監督総括業務の内容を示す法規として指摘する関東地方建設局請負工事監督検査事務処理要領三条二号も、右に認定した監督業務を超えて、監督員に対し仮設備工事の安全管理責任を課したものとは解されない。なおまた、検察官は、本体工事の工期内完成を確保するためには、これと密接な関連を有する仮設備の設計、施工及びその安全管理についても、注文書は適切な指示監督をする必要があると主張するが、そのためには必要に応じ注文者が安全管理についても指示する権限を確保しておけば足りるのであつて、これを請負契約の本質を超え、雇傭契約に類するほどに、注文者側の義務と解する根拠としては薄弱である。

したがつて国側の監督員のした指示が施工上安全を損なうおそれのある危険な指示であつた場合は別として、そのような指示をしない限り、仮設備工事における災害防止義務は専ら請負人において負担すべきである。換言すれば、国側の監督員は災害防止のため仮設備工事を常時監視し、そのおそれのある施工に対しては適時適切な指示をなすべきであるという積極的注意義務を負担してはいないのである。

そこで、これを本件における被告人青島の具体的行為についてみるに、被告人青島は右会計法上の監督員であり、前示第二の六記載のとおり、間組国道荒川出張所から提出された本件P7の設計計算書を承認していることが認められるが、この承認は、間組がその自主的判断のもとに選択決定した仮締切の構築に対し、前示第二の六の2の見地から、注文者側としてはそのような仮締切が構築されても特に支障はないとの意思を表示したものにすぎないのであつて、安全管理の義務上からこれを承認したものでもなければ、これを積極的に構築せよとの指示を含んだものでもないのである。

また、同被告人は、P7の仮締切工事をできるだけ安全に施行させたいという気持からP7の第二回計算書につき、組立時の面内座屈に対する安全率について計算し、これが1.0を下廻つていたところから、被告人建部に対し、この事実を指摘するとともに右安全率が1.0を下廻つていても安全なのかどうか再検討を促しているが、これは安全率の変更を指示したものとまではいえないし、仮にこれが一種の指示にあたるとしても、請負業者が裁量により選択決定した原案を危険側にでなく、むしろ安全側に変更させようとしたにすぎないこと明らかである。

その他関係証拠を検討しても、被告人青島が本件仮締切の設計、施工に関し、間組関係者に対し工事の安全を損なう危険な指示をした事実は一切認められないから、同被告人が本件事故につき注意義務違反に問われるべき筋合は全くないといわなければならない。

第四結論

以上の結果、本件は犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条により、各被告人に対し無罪の言渡をする。

(森岡茂 谷川克 須田贒)

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